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家事家計講習会 アミューあつぎ会場 11月18日(火) 

2014年11月26日

108人のお客様を迎えて、私たちが考えている大切なことを伝える事ができたでしょうか
会場のなかから声を拾ってみました

・家計簿は、本当に生きていくうえで大切なものだとつくづく感じました。つけていないと安心・安定した生活はできないですね。(30代)

・教育費がかかる世代です。食費を減らすことに頭がいっていましたが、食生活を大事にする考え方に共感しました。家計簿にはやはり敷居の高さを感じてしまいましたので無駄を減らすことをがんばりたいと思います。生活を見直す良いきっかけとなりました。(40代)
・家計簿はお金の収支、記録しか考えていませんでしたが、いろいろな方のお話しをうかがうと、人生を振り返るそして生き方を考えることで、大切な役割をしているのだなあとあらためて感心しました(40代)

・プログラムは実例者のタイトルのように書いてあり、そのテーマの最初に概論的な豊かな話をするのは、友の会の目指すものを伝える意味を持ち、大切な部分と思います。が、「あ、これからが、このプログラムに書いてある話に移るのね」とおもいながら聞いていました。若い方の数字はない家計簿記帳に関する思い、息子さんとのやり取り、素直な内容で「素敵なお母さん、家庭だな」と思いました。公共への思いお金を差し出すだけだはない実行力と熱い思いも感じました。淡々とお話しなさる姿の裏に、6回の時間調べに表れた数字の奥にご苦労もおあり、でもそれが察するだけに終わったさわやか奥様でした。年を重ねたとご自分でおっしゃっていましたが、重ねたというにはお若すぎると思いました。展示がとても美しい、字がていねいで美しい、小さな立札にも心を込めている事が伝わってきました。(60代)

 

当日のプログラム「くらしを支えるわたしの家計簿」の中から原稿の一部を掲載します。著者は3年前仙台で被災した体験をもちます

 娘の幼稚園で地震に遭ったので、私と子どもたちはそのまま二晩幼稚園で過ごしました。ヘリコプターの音とサイレンがいつまでも響き、遠くない場所でとんでもないことが起こっていると感じました。私が子どもを守らなくては。と思うものの、どうしたらいいのかわかりませんでした。
 夫と合流できた3日目に自宅に戻ると、すぐに近所の人が温かいおにぎりやお菓子を持ってきてくれて、私たちを心配していたことを知りました。
みんなと話していると、山形空港から羽田行きの飛行機が出ると聞いたので、横浜市の実家に急遽帰ることを決めました。夫は仕事の為、仙台に残り、私と子どもたちは翌朝のバスで山形へ向かいました。
 目的地でバスを降りると、60代位の男性が立っていました。そして、その方が『空港に行くの?車で送ろうか?』と言ってくださったのです。待てばタクシーが来るので大丈夫です。と伝えると、『こんな時はお互い様だから』と言ってくださり、ありがたく乗せていただきました。空港についてお礼を言い、最後に気持ちばかりのお金を渡そうとすると『お金はいらないよ。あなたが出来る時になったら、何かしてあげればいいんだから』と言われ、私たちを見送ってくれました。この時の『できる時になったら、何かしてあげればいい』という言葉が、その後もずっと残っていました。そして次第に『ママたちで何かできることがあるかも。』という思いに膨らみ、幼稚園のママたちに声をかけて、小さな支援グループを作りました。このグループは、オリジナルTシャツやバックを幼稚園のバザーなどで販売しています。これまでの販売の利益から親子自転車や通学用自転車を贈ったり、東北の親子の為に活動しているボランティアグループへ寄付をしています。今は家計から大きなお金を出せないけれど、自分の時間と体を使っていきたいです。
 来年の公共費予算は2,000円です。
私は、今年11冊目の家計簿をつけていますが、これまでこの家計簿を続けてこられたのは、3つの大きな理由があります。
ひとつ目は、我家の入ってくるお金と 出て行くお金の大きさと動き方を把握して生活したいということ。
ふたつ目は、予想しない突発的な出来事に 家族を守れるお金をきちんと準備しておきたいということ。これには二つ意味があって、いざという時の為の貯金をしたいことと、ある程度の現金を常に家に用意しておきたいという意味があります。地震があったとき、私のカバンにはたまたまおろしてきたばかりの10万円が入っていて、そのお金があることだけで何とも言えない、安心感がありました。

 非常時にも私たちはお金で物を買います。あの時、『非常時ですからお好きな物をお持ちください』とはならなかったし、クレジットカードはただのプラスティックでした。
みっつ目にわかったのは、家計簿をつける時間が、自分の日常のなくてはならないことだということ。それは、地震直後の買い物から、実家に避難した1カ月間も、携帯のメモや使いかけのノートに買い物の内容と金額を記録していました。こんな時にどうしてそんなことをしているのか、自分でもわかりませんでした。今振り返ってみると、あの時、少しでもいつもの自分の暮らしをしたかった。日常を取り戻したかった。そんな思いだったように感じます。
家計簿をつける日常が、私の家族の暮らしと、私自身をも、しっかり支えているという事を 今 私は はっきり言うことができます

 

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